武士はトレーダーに必要な心を持っておるでござる!『蜩ノ記』を読んで。

あの時は逆上したわたしが悪かった。ひととは難しいものだな。腹の虫の居所しだいで、日頃にないことをしてしまう。あの日のわたしはどうかしていたと思うが、いまになってはどうしょうもない。江戸に出て学問をして学んだのは、おのれを省みるということだった。古の聖賢の教えを学べば、いまからどのように生きねばならぬのかがわかってくる。わたしは歩むことになった道を前に進むだけだ。」

『蜩ノ記』

かつて親友であった庄三郎と信吾は、些細なことから斬り合いになってしまう。物語が進んでいくなか、再び二人が顔を合わした時、信吾が省三郎に語った言葉だ。時代小説『蜩ノ記』の一節。半人前、だが前を向いて懸命に生きているトレーダーみたいだなと思う。

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武士はいいトレーダーになるやもしれぬ。とおもたでござる!

自分が勝手にそう感じているだけなのだが、理不尽なロスカットを食らうと腸が煮えくり返り、心の中では嵐が吹き荒れる。相場以外で嫌なことがあって嵐が吹くこともある。

普段はそれなりに規律ある取引ができていても、ちょっとしたことで完全に崩壊したりする。自分の建てたボジションが思惑と逆の方向に進むにつれ、トレーダーではなく祈祷師になってしまう。

数時間、あるいは数日の間、全身をドブに沈めたような気持ち悪さの中で、必死に祈る。その末にコツコツ積み上げた利益以上の損失が口座をえぐり取る。こう思うのだ。

「どうかしていたのだ。」と。

また、再び規律を取り戻すも、その後何度も「どうかしていたのだ。」ということになる。悲惨な状況を繰り返し経験しながら悶々とした毎日を送る。頑張っている半人前トレーダー。

この物語には立派な武士も登場する。主人公の戸田秋谷は自分の生に期限が設けられるも、淡々と自分の役目を全うする。些細な事に「どうかしない。」、何事にも自分の信条を貫くドカッとした印象の武士である。

自分の死を突き付けられても動じないのだ(動じているのかもしれないが、それが行動としては一切現れない)。それ以外のことに「どうかしていた。」なんて行動を取ることもない。

秋谷にマウスを握らせたらいいトレーダーになるんだろうな。なんて思った。自分の哲学に基づき建てられたポジションがロスカットになろうが、はたまた利益になろうが、「うむ。」と有るか無きかの笑みを浮かべていそうだ。

淡々と、粛々と、自分のすべきことをする。トレードで種を守り、利益を残す技術であるといえる。

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ちょっとした反応があると、単純なボクは喜んでしまい、更新頻度とか上がりますw

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